和歌山大空襲の日2015/07/09


1945年7月9日和歌山大空襲により、和歌山城をはじめ市内の中心街が焼け野原になりました(T ^ T)その話を幼い頃から祖母や両親からよく耳にしていました。戦後70年、その話を生で聞ける人がだんだん少なくなって来ました。
この写真は1944年、父が予科練に志願したときのものです。関西学院中等部・甲種飛行予科練習生・西宮海軍航空隊(海軍二等飛行兵)このときまだ16歳です。お国のために!という教育を受けていた時代、どんな想いで志願したのでしょうか?家族、特に母親はどんな想いで送り出したのでしょうか。。今はもう天国にいる祖母に尋ねてみたかったです。




1945年7月9日の和歌山大空襲の日は、父は由良の駐屯地にいたそうです。真っ赤に染まった和歌山市内にいる家族を案じていたそうです。

父の実家は戦火を逃れましたが、母の実家は焼夷弾により全焼したそうです。
父も母も、それぞれ苦難を乗り越えて生きて来た精神力は今も健在です。


もう戦争なんて二度と起こさないで欲しい!!
どうか世の中が平和になりますように〜♡